流行りの食べ物をどんどん作り出しているハノイの飲食店。もともとある料理をアレンジして新しい料理に、時には全く一から生まれる食べ物もあったりします。正直時々「んっ?」な物もあったりります。

こちら左側は『Sua chua cafe』または、『Sua chua danh da voi cafe』。ヨーグルトにクラッシュアイスとコーヒーを合わせたドリンクです。
右側は『caramel tran chau』。カスタードプリンにパールタピオカと氷を入れて混ぜて食べるスイーツ。
ヨーグルトとコーヒー、カスタードプリン…それぞれ単品で食べた方が絶対に美味しいとは思うのですが、発見すると一応チェックしています。
2011/9/14 水曜日
2011/8/23 火曜日
フランスにおけるベトナム料理②
フランスに渡ったベトナム人たちの、いろんな言葉。
みなさんレストランのオーナーだったり、料理人だったり。
私が出会った年配のベトナム人は、みんな食を仕事として生きてきた人たちでした。
★笑顔が可愛らしい、とても面倒見の良い感じのベトナム人女性。
といっても、もう58歳くらい。
[残念ながら彼女は、私がフランスに来る1ヶ月前に長年経営してきたベトナム料理店を閉めたのだそう。娘たちも成長し、あとは夫婦でのんびり暮らすと話してくれました。]
「お店をはじめるのに、何の難しいこともないよ。信念がしっかりしていればね。」
★フランス人らしい紳士さを醸し出すベトナム人男性。週末はテニスをして楽しむという。
ちなみに55歳くらい。
「戦前と戦後のベトナム料理?
料理って言うものは同じ料理でもその人それぞれで味も表現も変わってくるものさ。」
★こんがり焼けた肌が印象的な2枚目ベトナム人シェフ、といっても53歳くらい。
「今年の夏のバカンスは家族みんなでハノイに行ってゆっくり過ごすよ、
どれくらいぶりのベトナムだろう」
「初めての家族でいく海外旅行なんだ、ずっと働きつづけてきたからね・・・」
★流暢なフランス語でフランス人客をもてなす高級ベトナムレストランの女性オーナー
55歳くらい。
「あなたはどんなベトナム料理が作れるの?」
「うちの息子は、大学でマルチメディアや経営学を学んで、英語もスペイン語もフランス語も話せるのよ。」
私がパリであったベトナム人は、とっても紳士的、淑女的な方たちばかりだった。
そして今では、彼らには守るべき家族がある。腰を据えたゆとりがある。
だけど、そこにたどり着くまでには色んな苦労や努力があったに違いない。
異国の地で暮らす大変さを味わい、必死に努力したからこそある笑顔と心のゆとり。
フランスへ渡った当時、言葉もままならず、学歴も通用しない、頼れる人はいない。
そんな彼らにできたことは、食を通じてのコミュニケーション、食を通じての商売。
それが唯一の生きる糧であった。
どのようにベトナム料理を受け継いでいくかではなく、どう生き抜いていくか・・・
彼らにとって重要だったのは、まさに今を生きるため手段。
そんな、身一つでフランスへ渡った彼らが唯一生きていく手段として持ち備えていたもの。
それが食文化であり、それを表現するための料理であった。
それほどに“食”は、奥深く、ありふれている、 だからこそ、人を生かし、人をつなぐ。
そうやって、広められたベトナム料理は、実際フランスではいまどう生きているのか。
確かに今でも、ベトナム料理店はいくつもある。フォー屋さんから高級店まで。
ただ、私が想像していたほどではなく、私の知る限りではあるが、
ベトナム料理専門店として出しているお店は両手で数えられるほどだった。
その他のお店は中華料理やタイ料理の中に、ベトナム料理も一緒にメニューに乗っていたり、ベトナム料理店といいながらもあきらかに中華料理が主なベースになっていたり。
なんだか、イメージしているものと少し違っていたのが、本当のところの第一印象。
でも、いったいそれはなぜ?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ つづく
長くなりそうなので、つづきはまた次回のブログで!
おまけの一枚。
パリでよく行っていたベトナム料理屋さんでの一品 banh nam[バインナム]
2011/8/9 火曜日
フランスにおけるベトナム料理①
表題について語る前に、今回は記念すべき「ブログ投稿第1回目」なので、
まずは自己紹介を兼ね“私とベトナム料理のプロローグ”を書きたいと思います。
ベトナム料理を巡る人生の旅の途中。 改めまして、植木恵子です。
私とベトナム料理の始まりは1997年。
ある一人のベトナム人女の子との出会いがキッカケでした。
その女の子はとてもお料理が上手で、よくみんなにベトナム料理を披露してくれました。
私が初めて食べたのは、彼女のお母さんがベトナムから日本へ送ってきてくれた
フレッシュパクチーとベトナムハム。
差し出しながらも “日本人はこの香り嫌いかも知れない”・・・ と心配そうな彼女。
だけど初めて食べたそれは、元々嫌いな食べ物が一切ない私には何の抵抗もなく、
むしろ、「おいしいっ」。
それからというもの、彼女は日本人の私に色んなベトナム料理や文化を魅せてくれました。
初めて見るバインセオ、初めて使うココナッツミルク缶、初めて食べる小豆のチェー、一緒に作った生春巻きやフーティユ・サオ。
私はベトナム料理の世界や美味しさにどんどん魅了されていき、そして彼女の日本語もみるみる内に上達していきました。
“食”から始まる人と人のコミュニケーションの心地良さ、
人をつなぐ“食”の不思議な魅力を肌で感じた20歳の頃。 若かったなぁ・・・
さてさて、それから十数年いろんなことがありました。
ベトナム食べ歩きの一人旅 南~北へ。
一冊の本との出会いをきっかけに訪れたAn Com。
そこから広がるベトナム料理界のネットワーク。
すべてが新鮮で刺激的だったのを覚えています。
そんな中、ベトナム料理や歴史のことを知る毎に深まる私の興味の矛先は、
歴史の流れとともに変わりゆくベトナム料理と、その食文化へと。
歴史を遡る事1975年。
ベトナム戦争終結後、ベトナム人をはじめ、後にカンボジア人、ラオス人の方たちを含め多くの人たちが、亡命のため小船に乗ってフランスへ渡りました。
愛する本国を離れ、ボートピープルとしてフランスへ渡ったベトナムの人たち。
彼らは異国フランスで、ベトナムの食文化をどのように受け継いでいったのでしょうか。
一方、終戦後ベトナムに残った人たちは、ベトナム再建、発展のため日々前進を続けます。
ベトナム終戦後から現代へ、変わり行くベトナムの社会性や生活スタイルは、
食文化においても少しずつ変化の色を見せます。
その中で昔ながらの伝統的なベトナム料理は、どのように変化していったのか。
その2つの観点から行き着いたのが、
『ベトナムでは変わりつつある伝統的なベトナム料理の姿が、
フランスという異国の土地で受け継がれているかもしれない。』
それを自分の目で見てみたい! というシンプルな好奇心。
そういう思いを胸にフランスへ渡ったのが、2009年9月のことでした。
そこで、私が見たこと、感じたことは、私が想像してたほど単純なものではなく、
国と国の間で揺れ動くベトナムの複雑な歴史的背景と、
その時代を生き抜き、ボートピープルとしてフランスへ渡った彼らの想い、
そして、彼らの次世代を担う愛する子孫たちへの想いを強く感じたのでした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ つづく
ここから先の本題は次回のブログでお話しすることにしますね!
フランスで食べたベトナム料理などもご紹介していきたいと思いますので、
どうぞよろしくお願いいたします★
2011/8/7 日曜日
ベトナムの麺 その1
strong>~北部のフォー・南部のフォー~
日本でもよく知られているベトナムの米麺フォーですが、ハノイなど北部がフォーの本場って知っていましたか?北部で生まれたフォーは、別の地域に移住した北部出身の人によって、ベトナム全土に広がりました。
ベトナム各地に広まったフォーは、その地域の気候に合わせて微妙に味付けなどに変化があり、特に南部のフォーのスープは北部とは全く違う甘味の強い味になっています。また、フォーの具材などは北部はシンプルに肉とねぎだけ…というものが多いですが、南部は肉、ねぎの他、もやしやたっぷりのハーブを加えて食べます。
北部のフォー
※写真は卵入り
南部のフォー
ハーブを加えるのは南部スタイルというハノイ人もいますが、じつは戦前のフォーには牛肉に合うハーブがちゃんと加えられていたし、もやしを加えるものもあったとか北部のフォーは戦後の食糧難の際に無駄なものが省かれて、現在のシンプルな形になったとか。一方南部でフォーの店を始めた人の多くは、戦前に南部に移住してきた北部人が多いといいます。昔のスタイルを少し南部の気候に合わせて作っている
つまりは、ベトナムのフォーは時代によっていろいろと変化しているのです。是非とも療法のフォーを食べ比べてみてください。
2011/7/6 水曜日
涼しげなもの
昨日は夜にざざぶりの雨だったホーチミン市
朝は割と涼しくて、散歩に適した気温でした。
歩いていると色々涼しげな物や音に出会います。
今日買ってみたのは、プリンが中に入っているアガー寒天ゼリー。
ちょっと氷豆腐(豆腐を寒天に閉じ込めた和菓子)を思わせる涼しさ。

ゼリーの型は月餅の型で、透明のアガー寒天の中に丸ごとのプリンが豪快に。
上にはココナッツの果肉が少しちらされています。
中はこんな感じ。

ベトナム語で rau câu bánh flan (ラウカウ・バインフラン アガー寒天プリン)そのまんまです。
個人的にはアガー寒天とプリンは別々で食べたほうがいいなというのが正直な感想ですが
ちょっとめずらしいものということでご紹介してみました。